Jensen Huang「苦労は人を強くするのか?」|NVIDIA創業者が語る失敗と努力の意味

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「若いうちの苦労は買ってでもしろ」

昔から、そんな言葉を耳にすることがあります。

確かに、困難な経験を乗り越えたことで、自信がついたり、新しい能力を身につけたりすることはあるでしょう。

しかし、私はこの言葉をそのまま受け入れることには少し抵抗があります。

苦労すれば、本当に人は強くなるのでしょうか。

もし同じ目標に到達できるのであれば、わざわざ困難な道を選ぶ必要はあるのでしょうか。

今回、この問いについて考えるきっかけになったのが、NVIDIA創業者・CEO、Jensen Huang(ジェンスン・フアン)氏の卒業式スピーチです。

世界的な企業を育てた経営者は、なぜ「苦しみに耐える力」を自分の重要な能力として挙げたのか。

そして、その経験から、私たちは何を学べるのでしょうか。

Jensen Huangが卒業生に語った「苦しみに耐える力」

2024年6月14日、米国カリフォルニア工科大学(Caltech)で第130回卒業式が行われました。

この日、卒業生に向けてスピーチを行ったのが、NVIDIAの創業者であり、CEOを務めるJensen Huang氏です。

今でこそNVIDIAは、人工知能(AI)の発展を支える重要な企業として知られています。

しかし、1993年に創業してからの道のりが、すべて順調だったわけではありません。

講演でHuang氏は、約31年間にわたるNVIDIAの歩みを振り返り、何度も直面してきた失敗や挫折について語っています。

ある年に成功した製品が、翌年には競争環境の変化によって市場から追い出される。

そんな経験を繰り返しながら、NVIDIAは新しい市場を探し、技術を磨き、事業の方向性を変えてきました。

挫折の先に、新しい機会を見つける

講演の終盤、Huang氏は卒業生へこう語りかけました。

“I hope you’ll see setbacks as new opportunities.”

「挫折を、新しい機会として捉えてほしい」

彼は、苦痛や苦しみを経験することが、人の強さや回復力、変化に対応する力を育てると考えています。

そして、自身が大切にしている能力についても、知性以上に、苦しみに耐える力、長い期間一つのことに取り組む力、挫折の先に機会を見つける力を重視していると語りました。

世界的なテクノロジー企業の経営者が、知性よりも忍耐や適応力を重視している。

それは興味深い話です。

しかし、ここで私は一つの疑問を持ちました。

苦労したから強くなったのか。それとも、苦労に対して考え、行動し続けたから強くなったのか。

この二つは、似ているようで大きく違うと思うのです。

苦労そのものに、価値はあるのだろうか

私は、苦労すること自体に意味があるとは考えていません。

重要なのは、その苦労をどのように捉え、どう乗り越えていくかという過程だと思っています。

何かに失敗したとき、その原因を考える人もいれば、何も考えず同じ行動を繰り返す人もいるでしょう。

仕事で壁にぶつかったとき、新しい方法を探す人もいれば、ただ時間が過ぎるのを待つ人もいるかもしれません。

同じ失敗や苦労を経験していても、その後の行動によって得られるものは変わります。

だからこそ、苦労したという事実だけを評価することには違和感があります。

わざわざ困難な道を選ぶ必要はない

同じ目標へ向かう困難な道と効率的な道を比較する図解

例えば、同じ目標に到達できる二つの道があるとします。

一方は時間も労力もかかる困難な道。

もう一方は、効率よく目標に到達できる道。

私は基本的に、後者を選びたいと思います。

同じ成果を得られるのであれば、わざわざ苦労する必要はないでしょう。

もちろん、困難な道を選ぶ過程で、別の経験を得たり、新しい能力を身につけたりできるのであれば話は変わります。

目的地へ到達するまでの道のりにも、価値が生まれるからです。

ただ単に「苦労したほうが成長できる」という理由だけで、遠回りを選ぶ必要があるとは思いません。

しかし、人生はそれほど単純でもありません。

どれだけ効率的な道を選ぼうとしても、予想していなかった問題に直面することはあります。

避けられる苦労もあれば、避けられない苦労もある。

だからこそ、私が大切だと思うのは次の考え方です。

あえて苦労する必要はない。しかし、苦労を乗り越える力は持っておく必要がある。

困難を積極的に求めることと、困難に対処できることは、必ずしも同じではないはずです。

努力は、ただ続ければ報われるのか

努力における継続、方向性、試行錯誤の3要素を説明する図解

Huang氏の講演でもう一つ印象に残ったのが、長期間一つのことに取り組み続ける力を重視している点です。

確かに、物事を継続することは簡単ではありません。

しかし、私は「努力を続けること」だけで成功に近づけるとは思っていません。

そもそも努力とは、目標や目的に向かって力を尽くし、継続的に取り組むことだと考えています。

その努力を成果につなげるためには、少なくとも三つの要素が重要ではないでしょうか。

  • 継続すること: 一度や二度の失敗で諦めず、取り組み続ける。
  • 方向性を考えること: 自分の行動が目標に向かっているのか確かめる。
  • 試行錯誤すること: 結果を振り返り、必要に応じて方法を変える。

誰かが成功した方法を、何も考えずに真似する。

間違った方向へ努力を続ける。

同じことを繰り返しているだけで、改善しようとしない。

こうした行動も、本人にとっては努力なのかもしれません。

しかし、それだけで望む成果が得られるとは限らないでしょう。

努力が報われないとき、何を考えるべきか

もちろん、正しい努力を続けていれば必ず成功する、と言いたいわけではありません。

世の中には、自分の努力だけではどうにもならないことがあります。

運や環境、健康状態、社会的な条件など、さまざまな要因が結果を左右します。

だから、努力しても報われなかった人に対して、「努力の方向性が間違っていた」と決めつけることもできません。

ただ、結果が出ないときには、一度立ち止まって考えることにも意味があると思います。

自分の方法は目標に合っているのか。

ほかに良いやり方はないのか。

そもそも、その目標を追い続けるべきなのか。

努力とは、ただ続けることではなく、考え、試し、必要なら変えていくことでもある。

私は、継続する力と同じくらい、方向性を見直せることも大切だと思っています。

成功者から学ぶべきなのは、成功した方法なのか

Huang氏は講演のなかで、NVIDIAが新しい技術に長期間投資し、現在のAI事業につながった経験を紹介しています。

例えば、GPUを画像処理以外の計算にも利用できるようにするCUDAという技術。

そして、まだ将来性が十分に明らかではなかった深層学習への投資です。

NVIDIAは、需要が確実になってから動いたのではありません。

技術の可能性を見いだし、不確実な段階から多くの経営資源を投入しました。

その選択が、後の成長を支えることになります。

しかし、この成功談を聞いて、「将来有望だと思うものには、長期投資すればいい」と結論づけるのは危険でしょう。

同じように将来を信じて投資しても、成果を得られなかった企業は存在するはずだからです。

成功者バイアスを忘れてはいけない

成功した人の経験は、とても参考になります。

しかし、成功したという結果を知っているからこそ、その人が過去に行った判断が正しかったように見えてしまうことがあります。

これは、成功者の話を聞くときに注意したい点です。

私は成功者の体験談に触れるとき、「何をしたのか」よりも「どのように考えて、その行動を選んだのか」に注目しています。

例えば、ある経営者が特定の事業に投資して成功したとします。

そのときに学びたいのは、同じ事業に投資する方法ではありません。

なぜその事業に可能性を感じたのか。

どのような情報を集めたのか。

想定と違う結果になったとき、何を考えたのか。

そうした意思決定の過程です。

よく「魚を与えるのではなく、魚の釣り方を教える」という考え方があります。

私は、成功者の経験から学ぶ場合も同じだと思っています。

成功した行動を真似するよりも、その行動に至った考え方を学ぶことのほうが重要ではないでしょうか。

もちろん、思考方法を学んだからといって、同じ結果を得られるわけではありません。

それでも、物事を判断するための考え方を身につけることには、別の場面でも役立つ可能性があります。

人生をかけて、一つの仕事を極める必要はあるのか

講演の終盤、Huang氏は京都の銀閣寺で出会った庭師の話を紹介しています。

暑い夏の日、広大な苔庭で、一人の庭師が丁寧に苔の手入れをしていました。

その姿を見たHuang氏は、庭師に声をかけます。

庭師は長年にわたり、その庭の手入れを続けてきた人物でした。

彼とのやり取りからHuang氏が学んだのは、自分の仕事に向き合う姿勢と、時間の使い方でした。

Huang氏は卒業生に、生涯をかけて磨きたいと思える仕事や技能を見つけてほしいと語っています。

ただし、卒業したその日に見つける必要も、すぐに決める必要もないと伝えています。

仕事に費やす時間は、決して短くない

ここで、私たちが人生のなかでどれほどの時間を仕事に使っているのか考えてみたいと思います。

仮に1日8時間、年間240日働くとします。

期間労働時間
1日8時間
1年間1,920時間
10年間19,200時間
30年間57,600時間
50年間96,000時間

もし85歳まで生きるとすれば、人生全体の時間は約74万時間です。

この単純なモデルでは、50年間の労働時間は人生全体の約13%に相当します。

睡眠時間などを除いて考えれば、仕事が占める割合はさらに大きくなります。

もちろん、実際の労働時間や働き方には個人差があります。

それでも、仕事が人生の多くの時間を占めていることは間違いないでしょう。

その時間を、やりがいを感じながら過ごすのか。

それとも、ただ時間が過ぎるのを待つように過ごすのか。

この違いは、人生の充実感に少なからず影響するのではないでしょうか。

85年間の人生と50年間の労働時間を比較した図解

一つの仕事を続けることだけが正解ではない

私は、誰もが一つの仕事を生涯続ける必要があるとは思っていません。

技術の進歩は速く、社会が求める仕事も変化しています。

何より、人には向き不向きがあります。

ある仕事が自分に合っていると思って始めても、実際に経験してみると、そうではないと気づくこともあるでしょう。

そんなとき、無理に続けることだけが正しいとは思いません。

合わなければ、やめてもいい。

別の道へ進んでもいい。

その先で、今まで知らなかった自分の興味や、生きがいになるものに出会うかもしれません。

反対に、心からやりがいを感じられる仕事に出会い、長い時間をかけて取り組めるのであれば、それも幸せなことだと思います。

大切なのは、一つの仕事を続けることではなく、自分が納得できる時間の使い方を見つけることなのかもしれません。

Huang氏の庭師の話から、私はそんなことを考えました。

お金は、困難に立ち向かうためのものか

ここまで、苦労や努力、仕事について考えてきました。

では、お金はどうでしょうか。

私は、お金はあくまでも道具だと考えています。

そのため、何かに挑戦するために使ってもいいし、リスクを避けるために使ってもいいと思っています。

例えば、新しい仕事へ挑戦したい人にとって、貯蓄は収入が減る期間を支える手段になるかもしれません。

一方、今の仕事や生活を守りたい人にとっては、予期しない出費に備える資金になるでしょう。

どちらが正しいということではありません。

その人が何を大切にしているのかによって、お金の役割は変わります。

お金を使うことと、浪費することは同じではない

もちろん、私はお金をどのように使っても無条件によいとは思っていません。

目的を考えず、ただ闇雲に使ってしまう浪費とは区別する必要があるでしょう。

しかし、自分なりの目的があり、他者を不当に傷つけるような使い方でなければ、何にお金を使うかは本人が決めてよいと思っています。

誰かにとっては、旅行に使うお金が大切かもしれません。

別の誰かにとっては、資格取得や勉強のためのお金が重要かもしれません。

あるいは、将来の選択肢を残すために、今は使わずに貯めておくことにも意味があるでしょう。

お金を増やすことだけが目的になってしまうと、何のためにお金を持っているのかを見失ってしまうこともあります。

だからこそ、使うこと、貯めること、増やすこと、それぞれの目的を自分なりに考えておきたいと思います。

投資の失敗にも、価値はあるのか

投資においても、損失を経験することがあります。

しかし私は、損をしたという経験だけに価値があるとは思っていません。

大切なのは、その後です。

なぜ損失が発生したのか。

自分の判断に問題があったのか。

それとも、事前に想定していたリスクが現実になっただけなのか。

同じような状況になったとき、何を変えるべきなのか。

そうしたことを振り返り、必要なら具体的な行動を変える。

そこまでできて初めて、失敗から学んだと言えるのではないでしょうか。

ただし、損失が発生したからといって、必ず判断が間違っていたとは限りません。

反対に、利益が出たからといって、その判断が正しかったとも限りません。

投資の結果には、運や市場環境も影響するからです。

だからこそ、結果だけではなく、その判断に至った過程を振り返ることが重要だと思っています。

失敗に価値があるのではない。失敗から何を学び、次にどう生かすかによって、その経験の価値が変わる。

これは投資に限らず、仕事や人生においても同じではないでしょうか。

苦労を求めるのではなく、困難に備えて生きる

Huang氏が卒業生に語ったのは、困難に耐え、長く取り組み、挫折の先に新しい機会を見つけることの大切さでした。

NVIDIAの歴史を振り返れば、そうした力が会社の成長を支えてきたという彼の考えも理解できます。

ただ、私はその言葉を、苦労することそのものへの勧めとして受け取りたくありません。

人生には、あえて経験する必要のない苦労もあると思います。

避けられるのであれば、避けてもいい。

より効率的な方法があるのなら、それを選んでもいい。

そして、どうしても避けられない困難に出会ったときには、原因を考え、方法を探し、必要であれば方向を変えていけばいいのではないでしょうか。

それは、努力を諦めることでも、苦労から逃げることでもないと思います。

むしろ、自分の人生をより良くするために考え続けることなのかもしれません。

Huang氏の言葉から私が考えたのは、苦しみに耐えることの美しさではなく、困難のなかでも次の行動を選び続けることの大切さでした。

苦労をするために生きる必要はない。ただ、苦労に出会ったとき、そこから何を学び、どう進むかを考えられる人でありたい。

あなたは、どう思いますか。

苦労は人を強くするのでしょうか。

それとも、人を強くするのは、その苦労に向き合う姿勢なのでしょうか。


あわせて読みたい|人生とお金を考える 第7回

シェリル・サンドバーグ「プランAが失われたとき」|後悔しても前に進めるのか

今回のJensen Huang氏の講演では、失敗や困難に直面したとき、どのように考え、行動するのかを取り上げました。

一方、第7回のシェリル・サンドバーグ氏が語ったのは、自分では選ぶことのできない、大切な人との突然の別れです。

自ら挑戦した結果として訪れる困難と、望んでいないのに訪れる喪失。

同じように「立ち直る力」が必要な場面でも、その意味は異なるのかもしれません。

▶ 第7回|シェリル・サンドバーグ「プランAが失われたとき」を読む

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