David Foster Wallace「自分で選んだはずなのに、なぜ自由が減っていくのか?」|人生の自由を考える

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【人生とお金を考える 第6回】

私たちは、これまでの人生で数えきれないほどの選択をしてきました。

進学先、就職先、住む場所、誰と付き合うのか。小さなものまで含めれば、毎日何かを選んで生きています。

けれど、最近ふと思うのです。

自分で選んできたはずなのに、なぜか年齢を重ねるほど自由ではなくなっている気がする。

学校に入れば学校のルールがあり、会社に入れば会社のルールがある。何かの組織に所属すれば、そこには責任や人間関係も生まれます。

もちろん、これらは悪いことではありません。社会の中で生きる以上、ある程度の制約があるのは当然でしょう。

それでも不思議ではありませんか。

自由に選択できるはずの人生で、選択を重ねるほど自由が減っていく。

では、そもそも自由とは何なのでしょうか。

今回は、一人のアメリカ人作家が大学の卒業式で語った言葉から、この問いを考えてみたいと思います。

「水があること」を知らない魚たち

2005年5月21日。アメリカ・オハイオ州のケニオン大学で、作家デヴィッド・フォスター・ウォレス(David Foster Wallace)が卒業生に向けて講演を行いました。

ウォレスは、長編小説『Infinite Jest』などで知られる作家です。

この日、彼は成功の秘訣や仕事で出世するための方法を語り始めたわけではありません。

代わりに、一つの短い寓話を紹介しました。

若い二匹の魚が泳いでいると、年上の魚とすれ違います。

年上の魚は「水の具合はどうだい?」と声をかけました。

そのまま泳ぎ続けた二匹のうち、一匹がもう一匹に尋ねます。

「ところで、水って何だ?」

少し奇妙な話ですが、この寓話には大切な意味があります。

魚にとって水は、あまりにも当たり前の存在です。だからこそ、自分たちが水の中で暮らしていることすら意識していません。

ウォレスが伝えたかったのは、私たち人間も同じではないか、ということでした。

自分が当たり前だと思っている常識。知らないうちに身についた価値観。物事を判断するときの考え方。

それらは、目には見えなくても私たちを取り囲んでいます。

そして、私たちはその存在に気づかないまま、生きていることがあるのです。

自分が何を当たり前だと思っているのか。それに気づくことが、自由を考える最初の一歩なのかもしれません。

デヴィッド・フォスター・ウォレスの「This Is Water」をもとに、魚と水の比喩や日常の思い込みを通して、見えない当たり前に気づく大切さを解説した図解。

同じ出来事でも、幸せか不幸かは変わるのか

ウォレスは講演の中で、ある日常的な場面を紹介しています。

長時間働いて、疲れ果てて帰宅する途中。冷蔵庫に食べ物がないことに気づき、スーパーへ立ち寄ります。

道路は渋滞し、店内は混雑。レジにも長い列ができています。

「どうして、こんなに時間がかかるんだ」

「なぜ、みんな自分の邪魔をするんだ」

疲れていると、そんな気持ちになってしまうかもしれません。

けれど、少し違う視点から考えることもできます。

前にいる人は、家族のために急いでいるのかもしれない。レジの店員も、一日中働いて疲れているのかもしれない。

もちろん、その事情が本当かどうかは分かりません。

大切なのは、自分が見ている景色だけが、物事のすべてではないということです。

幸せな人は、何を見ているのだろう

私はウォレスの考え方に、概ね賛成です。

現実の環境を変えようとすれば、それ相応の努力や能力、時間が必要になることがあります。どれほど頑張っても、自分では変えられないものもあるでしょう。

それに比べると、出来事の捉え方を変えることは、比較的身近なところから試せるのではないかと思います。

私は、今の世の中を幸せに生きている人は、他の人と少し物事の捉え方が違うのではないかと感じています。

日常のちょっとした出来事に喜びを見つけられる人。

誰かにとっては嫌な出来事でも、それほど嫌だと感じない人。

同じ一日を過ごしていたとしても、何に目を向けるかによって、感じる幸せは変わるのかもしれません。

もちろん、これは誰にでも簡単にできることではありません。

ウォレス自身も、意識的に考え方を変えるには努力が必要であり、できない日もあると認めています。

それでも、もし幸せを感じている人が別の人と同じ人生を歩んだとしたら、違う景色が見えることもあるのではないでしょうか。

私は、そんな可能性があると思うのです。

ただし、これは苦しんでいる人の努力が足りないという意味ではありません。その点は、後ほどもう少し考えたいと思います。

他人に寛容であることは、我慢することなのか

ウォレスは、他人の事情を想像し、自分中心の見方から離れることを大切にしています。

私も普段の生活では、できる限り他人に寛容でありたいと思います。

しかし、ここで一つ疑問があります。

相手の事情を理解することと、自分の意見を我慢することは同じなのでしょうか。

例えば仕事では、達成しなければならない目標があります。

意見が食い違うこともあれば、何かを変えなければ目的を達成できない場面もあるでしょう。

そんなときに、相手の気持ちを尊重するあまり、自分の意見を言わないことが本当に正しいのでしょうか。

私は、必ずしもそうではないと思っています。

むしろ、我慢せずに意見を伝えることが、結果として相手のためになる場合もあるはずです。

ただ、その伝え方には気を配る必要があります。

自分の正しさを押しつけることと、相手を尊重しながら意見を伝えることは違います。

寛容であるべき場面と、主張すべき場面。

その境界を明確な線で分けることは、難しいのではないでしょうか。

他人を尊重することは、必ずしも相手に同意することではありません。

相手の考えを理解したうえで、それでも自分は違うと思う。

そんな関係も、互いを尊重する一つの形なのだと思います。

「好きなものを好き」と言える世界であってほしい

ここからは、ウォレスの講演を離れて、今の社会について考えてみたいと思います。

SNSを開けば、毎日のように誰かの意見が流れてきます。

何が流行しているのか。何が人気なのか。どんな考え方が支持されているのか。

多くの人と手軽につながれる便利な時代になりました。

一方で、他人の視線を意識する機会も増えたように感じます。

自分の好きなものを、好きだと言いにくくなる。

周囲と違う意見を持つことに、不安を感じる。

そんなこともあるのではないでしょうか。

私は、もっと自分の価値観を大切にできる世界であってほしいと思っています。

誰かが好きな音楽を、自分も好きになる必要はありません。

誰かの考えに、無理に共感する必要もありません。

賛成できなくても、理解できなくても、その人の価値観を尊重することはできるはずです。

共感も、同意も、賛成もいらない。ただ、お互いの価値観を尊重できる世界であってほしい。

万人受けすることは、本当に正解なのだろうか

最近、音楽や小説、映画、ドラマなどに触れていて、考えることがあります。

以前よりも、万人受けするものが求められているのではないか、と。

もちろん、これは私個人の印象です。実際に、昔よりも作品が画一的になったと断定できるわけではありません。

ただ、できるだけ多くの人に受け入れられる作品と、作り手が本当に表現したい作品は、必ずしも一致しないのではないでしょうか。

商業的な成功を目指すことが悪いとは思いません。多くの人に支持される作品には、それだけの魅力があるのでしょう。

一方で、世間の流行に応え続けることには、大変な努力と覚悟が必要だと思います。

私は、まさにそんな道を歩んでいると感じるアーティストを知っています。

その人たちの作品を、無条件にすべて好きだというわけではありません。

それでも、変わり続ける世間の期待に向き合いながら作品を生み出す姿勢を、私は尊敬しています。

ただ、作り手にも、流行に合わせるという選択だけでなく、自分が本当に表現したいものを選べる余地があってほしいのです。

これは、私たち自身の生き方にも通じると思います。

自分が望んでいることなのか。それとも、周囲から期待されているから望んでいるのか。

その違いに気づくことも、ウォレスのいう「当たり前の水」に目を向ける行為なのかもしれません。

SNS時代の他人の目、自分の価値観、相手を尊重する姿勢、作り手の悩みを整理し、好きなものを好きと言える自由について解説した図解。

お金を増やすことが、人生の目的になっていないか

ウォレスは講演の中で、お金や所有物を人生の意味の中心に据えることについて警告しています。

お金そのものが悪いという話ではありません。

お金を自分の価値を測る基準にしてしまうと、どれほど手に入れても満足できなくなる可能性がある、ということです。

私も、この考え方には賛成です。

私は資産形成を大切にしていますし、お金を増やすことにも価値があると思っています。

しかし、お金を増やすこと自体が、人生の最終目的になってはいけないと思うのです。

お金は、あくまで道具です。

増やしたお金で、何をしたいのか。

何を守りたいのか。

どのような時間を過ごしたいのか。

その目的がなければ、いつの間にかお金を増やすことばかり考えるようになってしまうかもしれません。

お金によって自由になるはずが、お金に縛られる

例えば、将来の自由な時間を増やすために資産形成を始めたとします。

最初は、仕事を選ぶ余裕を持つためだったのかもしれません。

ところが、資産が増えるにつれて、目標金額をもっと高くしたくなる。

少しでも運用成績が悪いと不安になり、資産額が気になって仕方がなくなる。

もしそうなったとしたら、何かが逆転しているように思います。

もちろん、高い目標を持つことが悪いわけではありません。

大切なのは、自分が何のためにその目標を持っているのか、見失わないことではないでしょうか。

自由になるためにお金を増やしていたはずなのに、いつの間にかお金を増やすために生きている。その逆転には気をつけたいものです。

投資も同じだと思います。

資産を増やすことは、将来の選択肢を広げる手段になり得ます。

しかし、数字だけを追いかけて今の生活を犠牲にし続けるのであれば、一度立ち止まってもいいのではないでしょうか。

お金は人生を豊かにするための道具であって、人生そのものではないのです。

お金を増やすこと自体が目的になっていないかを問い直し、資産形成は時間や選択肢を広げるための手段であることを解説した図解。

自分で選んだ人生なのに、自由が減っていくという矛盾

ここで、最初の問いに戻りたいと思います。

私たちは自分で選択して人生を歩んできました。

学校も、仕事も、住む場所も、ある程度は自分で選んできたはずです。

ところが、何かを選ぶと、そこには新しい責任が生まれます。

就職すれば、勤務時間や組織のルールがあります。

家庭を持てば、自分一人の都合だけでは決められないことが増えるでしょう。

地域やコミュニティーに所属すれば、他人との関係も生まれます。

自由に選んだ結果、自由にできないことが増えていく。

私は、この矛盾がとても興味深いと思います。

ただ、考えてみると、これは必ずしも悪いことではないのかもしれません。

何かを選ぶということは、別の選択肢を手放すことでもあります。

自分で選んだ仕事に責任を持つことや、大切な人との約束を守ることも、自分の意思による選択の結果だと考えられます。

もちろん、最初に選んだからといって、その後もずっと我慢しなければならないわけではありません。

人生の状況が変われば、選び直す必要が生まれることもあるでしょう。

ここでウォレスの考え方が、一つのヒントになるように思います。

私たちは、すべての環境を自由に選べるわけではありません。

けれど、自分が置かれた状況をどう理解し、何を大切にするかについては、考え直せる余地が残されている場合があります。

自由とは、何の制約もなく生きることだけではなく、制約のある世界で何を大切にするかを考え続けることなのかもしれません。

進学、就職、住む場所などの選択によって得るものと失うものを整理し、自由とは制約の中で大切なものを選び続けることだと解説した図解。

それでも、捉え方だけでは変えられない現実がある

ここまで、物事の捉え方を変えることの大切さについて考えてきました。

しかし、一つ注意しておきたいことがあります。

世の中には、考え方を変えるだけではどうにもならない問題があります。

経済的な困難、病気、人間関係の深刻な問題、過酷な労働環境。

心身が追い詰められている人に対して、「考え方を変えれば幸せになれる」と簡単に言うべきではないでしょう。

そもそも、物事を別の角度から考えるには、ある程度の心の余裕が必要な場合もあります。

その余裕すら奪われている人もいるはずです。

だから私は、捉え方を変えることが大切だと思う一方で、それがすべての解決策になるとは考えていません。

仕事や人間関係に問題があるなら、環境を変える努力や、周囲に助けを求めることが必要な場合もあるでしょう。

そして、変えられない環境があるからこそ、考え方を変えることが支えになる場合もあると思います。

どちらか一方が正しいのではありません。

現実を変えることと、現実の捉え方を変えること。その両方を大切にしたいのです。

おわりに|あなたが生きている「水」は何ですか

ウォレスは、私たちが普段意識していない当たり前の現実に目を向けるよう、卒業生に語りかけました。

その講演から20年以上が経とうとしている今も、考えさせられることがあります。

周囲の価値観に影響されること。

他人の評価が気になること。

お金を増やすことが、いつの間にか目的になってしまうこと。

自分で選んだ道なのに、不自由だと感じること。

どれも、私たちの日常の中にあるものです。

私は、何もかも自由にできる人生が、必ずしも幸せだとは思いません。

ルールや責任があるからこそ、得られるものもあるでしょう。

ただ、その中で自分が何を大切にしたいのか、考えることは忘れたくありません。

他人と同じものを好きになる必要はありません。

誰かの考えに、無理に賛成する必要もありません。

自分の価値観を大切にすることと、他人を尊重することは、きっと両立できるはずです。

自分で選んだ人生だからこそ、時々立ち止まって、本当に自分の意思で選んでいるのかを確かめたい。

そして最後に、読者の皆さんにも一つ問いかけたいと思います。

今、あなたが当たり前だと思っていることは、本当にあなた自身が選んだものですか。

それとも、いつの間にか慣れてしまった「水」なのでしょうか。

あわせて読みたい|人生とお金を考える 第5回

ビル・ゲイツ|成功したあと、時間とお金を何のために使うのか

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※ウォレスの講演内容は大学公式掲載資料を中心に要約しています。「私は」として述べている考察は、本ブログ筆者の見解です。原文には複数の公開版があり、掲載内容には一部違いがあります。

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