探偵パンダ|人生とお金を考える 第3回
「失敗は成功のもと」
「若いうちにたくさん失敗しておいた方がいい」
誰しも一度は、こうした言葉を聞いたことがあるのではないでしょうか。
確かに失敗したからこそ気づくこともあるでしょう。思い通りにいかなかった経験が、その後の人生に生かされることもあります。
しかし、私は少し疑問に思うのです。
その失敗は、本当に自分自身が経験しなければならないものなのでしょうか。
先人たちが積み重ねてきた経験や歴史から学べることも、たくさんあるはずです。
今回は『ハリー・ポッター』シリーズの著者、J.K.ローリングが2008年にハーバード大学で行った講演をもとに、失敗と人生の価値について考えてみたいと思います。
そして、その話を仕事やお金、私たちの日常生活へと少しずつ広げていきます。
1. J.K.ローリングがハーバード大学で語った「失敗」
2008年6月5日、J.K.ローリングはハーバード大学の卒業式関連行事でスピーチを行いました。
講演のタイトルは「The Fringe Benefits of Failure, and the Importance of Imagination」。
日本語では「失敗の思わぬ恩恵と、想像力の重要性」といった意味です。
今でこそ世界的なベストセラー作家として知られるローリングですが、そこに至るまでの人生は決して順風満帆ではありませんでした。
大学卒業から7年後、彼女は短い結婚生活の終わりを迎え、仕事を失い、幼い娘を育てるひとり親になっていました。
経済的にも困窮し、住む場所を失う一歩手前に近い状態だったと振り返っています。
当時の彼女は、一般的な社会の基準で考えれば、人生に大きく失敗したと感じていたのです。
しかし、その経験を振り返ってローリングは、失敗によって自分にとって本当に重要でないものが削ぎ落とされたと語ります。
彼女にとって、それは小説を書くことでした。
失敗を経験したことで、自分が本当に取り組みたいことに力を注げるようになったというのです。
ただし、ここで一つ忘れてはならないことがあります。
ローリング自身、当時の苦しい生活を楽しいものだったとは語っていません。
彼女は貧困に伴う恐怖、ストレス、屈辱についても率直に述べています。そして、貧困そのものを美化する考えを否定しています。
失敗から何かを得たということと、失敗や苦しみそのものが素晴らしいということは、決して同じではないのです。
出典:Harvard Gazette|Text of J.K. Rowling’s speech
2. 私たちは本当に失敗を経験する必要があるのか
ローリングの講演を読みながら、最初に考えたことがあります。
「確かに失敗から学ぶことはある。でも、わざわざ自分で失敗する必要があるのだろうか」
という疑問です。
先人たちの失敗から学べる時代
「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」
ドイツの政治家ビスマルクの言葉として広く知られる表現です。
人類は長い歴史の中で、数え切れないほどの失敗を積み重ねてきました。
国家の政策も、企業経営も、個人の人生もそうでしょう。
ある人が経験した失敗を、別の誰かが参考にする。
そうやって知識や教訓が受け継がれてきたはずです。
現代では、インターネットを通じて過去の資料や研究、経験談に以前より簡単にアクセスできるようになりました。
もちろん、情報が手に入りやすいことと、その情報を正しく理解できることは別問題です。
それでも、私たちは過去の人々が得られなかったほど多くの経験を、間接的に知ることができます。
例えば、事業で失敗した人の記録を読んでから起業することもできますし、転職経験者の話を聞いてから自分の進路を考えることもできるでしょう。
失敗した人から学べるのであれば、少なくとも同じ失敗を繰り返す必要性は小さくなるはずです。
それでも、経験したからこそ理解できることもある
一方で、「百聞は一見にしかず」という言葉もあります。
本を読んだだけでは理解しきれなかったことが、実際に経験すると驚くほど自然に理解できる場合もあります。
仕事の難しさ、責任を負うことの重み、自分の得意不得意。
こうしたことは、実際に取り組んでみなければ分からない部分もあるでしょう。
だから私は、失敗を経験するべきかどうかを、0か100かで考える必要はないと思っています。
他人の経験から学べることは学び、それでも自分で経験しなければ分からないことには向き合っていく。
この両方が必要なのではないでしょうか。
実は、ローリング自身も「経験せずに学ぶこと」を語っている
ここで、講演の後半に注目してみたいと思います。
ローリングは想像力の大切さを説明する中で、人間には自分が経験していないことからも学び、理解する能力があると語っています。
彼女は若い頃、アムネスティ・インターナショナルで働き、人権侵害に苦しむ人々の証言に触れました。
そして、自分が経験していない他者の境遇を想像し、理解しようとすることの大切さを伝えています。
これは本来、他者への共感を扱う文脈での発言です。
しかし私は、この考えが失敗との向き合い方にも通じるように感じます。
自分で経験していなくても、他人の立場を想像し、その人の経験から考えることはできる。
だからこそ、歴史を学び、人の話を聞き、本を読み、自分とは違う人生に触れることにも意味があるのではないでしょうか。
3. 失敗を経験することと、失敗から学ぶことは違う
ここからは、もう少し自分自身の考えを整理してみたいと思います。
私は、失敗を経験することと、失敗から学ぶことには大きな違いがあると思っています。
失敗を経験することは、ある出来事を体験することです。
しかし、失敗から学ぶことは、その出来事について思考を巡らせることではないでしょうか。
例えば、仕事で思うような結果が出なかったとします。
それを単に「失敗した」で終わらせることもできます。
しかし、そこで次のように考えたらどうでしょう。
- なぜ思い通りにいかなかったのか。
- 何が原因だったのか。
- 自分の判断に問題はなかったか。
- 次に同じ場面があれば、どう行動するべきか。
同じ失敗を経験しても、そこから何を得られるかは変わってくるはずです。
もちろん、何でも自分の責任にしてしまう必要はありません。本人にはどうにもできない環境や偶然が原因になることもあるでしょう。
だからこそ、原因を考えることが大切なのだと思います。
自分が変えられることは何なのか。反対に、自分では変えられなかったことは何なのか。
それを区別できれば、次の判断につながるかもしれません。
私は人生において、考え続けること、疑問を持ち続けることが非常に大切だと思っています。
誰かの成功談を読んだときも同じです。
「この人は成功した。だから正しい」と考えるのではなく、なぜ成功したのか、その方法は自分にも当てはまるのかを考えてみる。
失敗談も同じように受け止める。
大切なのは、経験の数を増やすことだけではなく、一つひとつの経験から何を考えるかということ。
私はそう思うのです。
4. 成功したからこそ、失敗に価値があったと言えるのではないか
ローリングの話には、もう一つ考えておきたいことがあります。
それは、彼女が世界的な成功を収めた人物だということです。
もしローリングが小説家として成功していなかったとしたら、過去の失敗について同じように語ったのでしょうか。
これは誰にも分かりません。
そして、彼女のように困難を経験した人のすべてが、その後に大きな成功を収めるわけでもありません。
成功した人の話ばかりに注目すると、成功しなかった人の経験が見えにくくなります。
いわゆる「成功者バイアス」の問題です。
だからこそ私は、「失敗したから成功した」という説明には慎重でありたいと思います。
もちろん、ローリング自身が失敗から多くのことを学んだのは事実でしょう。
その経験に価値があったという彼女の考えを、否定するつもりはありません。
ただ、それはあくまで彼女自身の人生を振り返った評価でもあるはずです。
人生の価値は、あとから見えてくるもの
私たちは、今している行動や経験が、将来どれほどの価値を持つのかを正確には知ることができません。
今は意味がないように感じる経験が、何年も後になって役立つかもしれません。
反対に、価値があると思って始めたことが、期待していた結果につながらないこともあるでしょう。
さらに、同じ経験をしても、その意味をどう受け取るかは人によって異なります。
人生の価値とは、結果だけで決まるものではなく、その人がどう受け止めるかにも左右される、極めて主観的なものなのではないでしょうか。
失敗した経験に価値を見いだす人もいれば、そう感じない人もいる。
それでいいのだと思います。
私はローリングが単に失敗を経験しただけの人だとは思っていません。
困難な生活の中でも、自分が大切だと思う小説の執筆に取り組み続けていた。
その姿勢にも注目したいのです。
だから、失敗を積極的に求める必要はないと思います。
むしろ、今目の前にある仕事や生活、自分が大切にしたいことに真剣に向き合っていく。
もちろん、常に全力で頑張り続けなければならないという意味ではありません。休むことも、自分を守ることも、人生の大切な一部でしょう。
それでも、自分なりに日々を精一杯生きていくこと。
そうした積み重ねの意味を、後になって理解できる瞬間があるのかもしれません。
失敗したから価値が生まれるのではなく、価値はあとから見えてくるものなのだと思います。
5. 挑戦する人生と、生活を守るお金
ここまで失敗と人生について考えてきましたが、実際の生活ではもう一つ避けて通れない問題があります。
それは、お金です。
新しいことに挑戦したい。
やりたい仕事がある。
今とは違う環境で生活してみたい。
そう思ったとしても、私たちは必ずしも自由に行動できるわけではありません。
私自身、給料が下がる転職を経験した
私も転職を経験しています。
以前より給料は下がりました。
しかし、それは自分のやりたいことに取り組むための選択でもありました。
ここで難しいのは、何を優先するべきかという問題です。
収入を重視する人もいれば、仕事内容にやりがいを感じることを重視する人もいるでしょう。
家庭を持っている人であれば、自分だけでなく家族の生活も考えなければならないかもしれません。
どれが正解なのか、私にも簡単には分かりません。
そもそも、万人に共通する理想のバランスが存在するのでしょうか。
お金がすべてではない。でも、お金は必要だ
私は、お金があれば必ず幸せになれるとは思っていません。
お金があっても解決できない問題はあるでしょう。
しかし、ある程度のお金があれば、解決できる問題や選べる道が増えるのも事実だと思います。
例えば、貯蓄があれば、転職先を探すための時間を確保しやすくなるかもしれません。
新しい知識や技術を身につけるために、勉強する時間や費用を用意できるかもしれません。
家族や自分自身に予期せぬ出来事が起きたときも、お金が助けになる場合があります。
お金は幸せそのものではなくても、幸せを考えるための土台の一部にはなるのでしょう。
資本主義の社会で生きている以上、私たちはお金と無関係ではいられません。
だからといって、収入が高ければ高いほどよい人生だと決めつける必要もありません。
私はむしろ、こう問いかけてみることが重要だと思っています。
自分が幸せに生きるためには、どの程度のお金が必要なのだろうか。
大まかでも、その答えを知っておくことには意味があるはずです。
もちろん、必要なお金は年齢や家族構成、健康状態、価値観によっても変わるでしょう。
そして、今の答えが一生変わらないとも限りません。
それでも自分なりの基準があれば、目の前の収入だけに左右されず、自分がしたいこととのバランスを考えやすくなるのではないでしょうか。
失敗しても、もう一度考えられる余地を残す
挑戦することは大切です。
しかし、そのために生活のすべてを危険にさらす必要があるのでしょうか。
必ずしもそうは思いません。
失敗から学ぶことと、生活を破綻させるほどの失敗を受け入れることは別問題だからです。
お金を貯めておくことも、収入を確保することも、自分や家族の暮らしを守ることも、挑戦するための準備の一つになるでしょう。
投資でも同じような考え方ができるかもしれません。
損失から学ぶことはあっても、大きな損失を経験すること自体を目的にする必要はありません。
過去の失敗から学び、できる限り取り返しのつかない事態を避けようとする。
人生でも、お金でも、こうした姿勢は大切なのではないかと思います。
6. 資格や経歴は、人生そのものではない
ローリングは講演の中で、資格や履歴書に記された経歴は、その人の人生そのものではないという趣旨の話もしています。
これは、とても考えさせられる言葉です。
私たちは社会の中で、他人を知ろうとするときにさまざまな情報を手がかりにします。
どんな学校を卒業したのか。
どんな仕事をしているのか。
どんな資格を持っているのか。
年収はどの程度なのか。
そうしたものは、その人を知るための客観的な情報として役立つでしょう。
しかし、それだけでその人の人生を理解したことになるのでしょうか。
私は、資格や経歴はある種の「名刺」のようなものだと思っています。
相手に自分がどういう人間なのかを伝えるためのものです。
もちろん、それらを手に入れるまでの努力にも価値はあります。
けれど、もう少し主観的に考えてみたいのです。
その資格を使って、自分は何を成し遂げたいのか。
その仕事を通して、何をしてきたのか。
そして、これから何をしていきたいのか。
私は、資格や経歴は人生を歩いていくための道具でもあると思っています。
人生という、時には茨の道にもなる長い旅を歩いていくための道具です。
道具を手に入れることも大切ですが、それを使って何をするのかも同じくらい大切なはずです。
他人から見える自分の経歴と、自分自身が感じる人生の豊かさは、必ずしも一致するものではありません。
高い収入を得ることが目標の人もいるでしょう。
時間にゆとりのある生活を望む人もいるでしょう。
何かを作り上げることに喜びを感じる人もいるかもしれません。
どれが優れているという問題ではなく、自分が何を大切にして生きたいのか。
その問いに向き合うことが、人生の豊かさを考える出発点になるのではないでしょうか。
7. 失敗したかどうかよりも、どう生きていくか
今回、ローリングの講演を読み、改めて失敗について考えてみました。
彼女が語った失敗の恩恵を、私は否定するつもりはありません。
失敗によって、自分でも知らなかった強さや、大切なものに気づくことはあるでしょう。
一方で、すべての失敗が必ず人生の財産になるとも思いません。
人は自分で経験しなくても、他人の経験から学ぶことができます。
それでも、経験して初めて理解できることもあるでしょう。
だからこそ、他人の失敗にも自分の失敗にも目を向けて、そこから考え続けることが重要なのだと思います。
また、人生の価値を今この瞬間に決めることも難しいはずです。
今日の選択が正しかったのか。
今の仕事にどんな意味があったのか。
あのときの失敗に価値はあったのか。
その答えは、何年も経った後になって見えてくるのかもしれません。
私は、失敗に価値があると信じて無理に挑戦するよりも、自分が大切だと思うことに向き合い、日々を生きていくことの方が重要だと考えています。
その中で失敗したなら、なぜ失敗したのかを考えればいい。
うまくいったなら、なぜうまくいったのかを考えてみればいい。
そして、どちらの経験も、将来どんな価値を持つのかは分かりません。
失敗した経験が人生を豊かにするのではなく、その経験も含めて、これからどう生きるかが人生を形づくっていくのではないでしょうか。
あなたはどう思いますか。
人生において、失敗は必要なものでしょうか。
それとも、できる限り失敗を避けながら、他人の経験や歴史から学ぶ方がよいのでしょうか。
そして、これまで経験してきた成功や失敗は、今のあなたにとってどのような意味を持っているのでしょうか。
その答えもまた、これから先の人生で変わっていくのかもしれません。
あわせて読みたい|人生とお金を考える 第2回
チャーリー・マンガー|人生で致命的な失敗を避けるには?
今回、ローリングの講演から考えたのは、失敗を経験した後にどう向き合うかということでした。
一方、第2回で取り上げたチャーリー・マンガーの考え方は、そもそも人生を悪い方向に進ませる原因を見つけ、避けようとするものです。
失敗した後に学ぶことと、失敗する前に考えること。
この二つは対立するように見えて、どちらも人生の選択を考えるうえで大切なのかもしれません。
※本記事はJ.K.ローリングの講演を参考に、筆者個人の考えを交えて構成したエッセイです。講演内容の要約と筆者自身の解釈・意見は区別して記載しています。
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👉 探偵パンダのnoteはこちら
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