何気ない一族の不仲と殺人計画が絡み合い、緊迫感とユーモアが交錯する――
片岡翔の作品『その殺人本格ミステリーに仕立てます』
読者を孤島の鬼人館へと誘います。
このブログ記事では、作品紹介、書評、感想考察、そして総評まで、本作の魅力に迫ります。
あらすじ
音更風゛(おとふけ ぶう)は、ミステリ作家の一家にメイドとして就職した。しかし、一族は不仲で、殺人計画さえ持ち上がる始末。風゛はこれを止めるべく、ミステリープランナーの豺(やまいぬ)と「フェイク殺人計画」を練っていく。しかし、予想外の人物が殺されてしまい……。
書評
マーダーミステリーから始まり、実際の殺人事件へ――。
舞台は孤島に位置する「鬼人館」。この作品は有名なミステリー小説のパロディー的な要素を巧みに盛り込んでおり、前半部分はミステリーというよりもコメディー調の傾向が強いです。しかし、物語が進むにつれて、その雰囲気は一変し、本格ミステリーへ様変わりしていきます。
今回の事件の舞台は、作中に登場する小説家、鳳亜我叉の小説に登場する建物である「鬼人館」。タイトルにもあるように本格ミステリーを体現しており、様々な要素が絶妙に組み合わさっている。
ミステリー小説を盛り上げる設定であるクローズドサークルをはじめ、誰が犯人か(Who Done It)、トリックは何か(How Done It)、なぜやったのか(Why Done It)といったミステリーの三要素が巧みに盛り込まれており、読者を本格ミステリーの世界へと引きこみます。
死者を出さないはずの「殺人計画」が、予期せぬ実際の殺人へと変わり、孤島での出入り不能という状況下での連続殺人はスリリングな展開となっています。
作中の探偵
作中の探偵役は音更風゛。彼女はややドジでありながらも、時折伐れる推理を披露。目が悪い代わりに優れた嗅覚を持ち、手がかりを見つけていく。
感想・考察
作品の序盤からすでに犯人は正体を明かしていいた伏線には驚いた。
タイトルから想像したストーリー展開は、実際に発生した殺人事件をミステリープランナーの豺がトリックを駆使して偽装していく、というものだと思っていた。
しかし話は思いもよらない展開へ進行し、人が死なないための「殺人計画」を立てることになっていく。この展開は非常に面白く、また音更風゛と豺のやり取りは、掛け合いは笑いが絶えず、物語を楽しむ上で大きな要素となっていました。
序盤のストーリ展開の意味するとこは? 作品のテーマとは?
序盤のミステリー研究会での事件(天狗館の事件)が、物語全体を通してどのような意味を持っているのかが気になった。
これは豺が初めて殺人のプランニングを行った出来事として描かれており、音更風゙や豺を物語に登場させる目的もあったと思う。しかしそれだけでなく、何か他の意味が込められているのではないかと感じられた。
例えば、序盤のストーリーとメインストーリーの事件が共通して「事故死」という形で処理されていることに違和感がある。前者はホームからの突き落としを事故に見せかけ、後者は井戸への突き落としを事故死に偽装している。
作中では完全犯罪を簡単に成立させる方法として、「標的と一緒に山に登り、崖の前で突き落とし、事情聴取では足を踏み外したと発言すればよい」と豺は発言していた。
このことからも、「本格ミステリー」と「完全犯罪」の対比構造、両立は不可能であること示唆していたのではないかと感じる次第である。
完全犯罪を行うことは、作中の言葉を借りると、不慮の事故にしてしまうことが1番手っ取り早い。つまりあれこれ思考せず、手を加えず、シンプルに事故に見せかけること。
これに対し本格ミステリーには人為的な要素が必須で、事故とはなりえない。この対比から、両者が同居し得ないことが物語のテーマとなっているのではないか。序盤の事件の殺人動機は、同じサークルメンバの不慮な事故。実際には駅のホームから悪意をもって突き落としたことがきっかけとなっている。しかしその事件は不慮の事故として処理。また、後半のストーリーで、豺の母親の死も井戸への転落という不慮の事故として処理された。(実際には鳳家の4兄妹が突き落とし殺した。)つまり母親は何のトリックもなく、ただ悪意によって殺された。言い換えるのであればミステリーへの冒瀆である。
豺の母親はミステリー作家(鳳亜我叉のゴーストライター)であり、命を懸けて作品を作り上げていた。また豺自身もミステリー小説を愛し、母同様、秀でたセンスを持ち合わせていた。そんな母を殺した4兄妹への復讐心、ミステリーに対する冒瀆が殺人動機になっていると考えられる。この殺人動機を強調するためにこのようなストーリー構成になったのではないか。
本作が一貫して「本格ミステリー」という言葉を強調するのも、ミステリー小説の3要素であるトリック、動機、犯人誰か、そしてミステリー小説の定番である伏線回収、それらをより際立たせる働きもあったのではないだろうか。
総評
本格ミステリーとは何かを改めて考えるきっかけとなった作品である。序盤のコメディー調の展開が、中盤以降本格的なミステリーへと様変わりを遂げる流れは、タイトル「その殺人本格ミステリーに仕立てます」を体現した構成だと言える。
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