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『透明になれなかった僕たちのために』 ――生命と自己決定の曖昧な境界線 #書評

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書評

この作品は、人間の意志と遺伝子がどのように関係するのかを描いた、青春サスペンス作品です。生と死をめぐる登場人物たちの欲望と愛憎の渦に読者は巻き込まれていきます。自己決定の自由と、生まれ持った宿命の間で揺れ動く人間模様に、様々なことを感じるでしょう。

作品紹介

タイトル:『透明になれなかった、僕たちのために』

著者: 佐野徹夜

出版年: 2023/11/30

あらすじ

ユリオの自殺がきっかけで離れ離れになったアリオと深雪が大学生になり再会すると、周りで不穏な事件が立て続けに起きている。アリオは様々な人と関わる中で、自身の出生の秘密に気づき、生きる意味を考えるようになる。

物語は、生きることの意味を見出せない若者たちの彷徨と成長をテーマに展開する。殺人事件を契機に、それぞれの欲望や愛憎が交錯する中で、出生の真相が明かされていく。

書評

ストーリー構成について

序盤でアリオと瓜二つの男性・市堰が登場し、アリオの遺伝子上の父親が別人物であるという疑惑が提示される。
このテンポの良い展開で、読者は物語に次第に引き込まれていきます。

一方で、ジョーカーの正体や父親の正体などは、ある程度予想がつきやすい部分もあり、驚きのインパクトは控えめです。

また、遺伝子やDNAを扱うストーリーの核心部分は、生活から遠い専門分野のため、一般読者には分かりにくい面もあります。しかし、実在の研究を参考にしている点は、作品の魅力の一つとも言えるでしょう。

登場人物について

全体を通して作品は暗く陰湿な雰囲気があり、これは賛否が分かれるところです。

暗い印象を作り出している大きな要因は、登場人物たちが抱える「生と死」への強い問題意識です。彼らは皆、何らかの闇を心に宿しており、サイコパス的な要素を持ち合わせています。その一方で、この要素は、血縁関係を示唆する伏線となっている可能性も考えられます。

このように不気味な登場人物たちが絡み合うストーリーなので、ハラハラドキドキといった単純な刺激は少ないものの、底知れぬ恐怖感や不気味さを味わえるのが魅力です。

嘘の真実とは

冒頭で「これから出てくる人たちはみんな嘘をついていた」と明記されているように、この作品における「嘘」は重要な要素です。主な登場人物の「嘘」は以下の通りです。

深雪:アリオへの恋心を隠していた。愛情と同時に殺意も生じる体質のため
蒼:ユリオの死体を目撃し恋心を抱いていた。アリオにユリオの面影を投影していた
市堰:深雪に興味があり、アリオを介して近づこうとしていた
野崎:遺伝子改変の事実と、遺伝子上の父親の真実を隠していた

個人的な意見・感想

私が感じた本作品のテーマは、「人はどこまで自己決定できるのか」ということです。殺人や犯罪が本当に自己意思によるものなのか、それとも遺伝的要因が大きいのかを問うているように思えます。

最終的に主人公は死を選ばず、生きることを決めました。

遺伝よりも自己意志勝ることもあるというメッセージが込められているのではないでしょうか。

総評

遺伝と環境、運命と自由意志の狭間にある人間の自己決定権について、重厚なストーリーで問いかけるミステリー作品です。人間模様の止まない愛憎の渦と、登場人物たちの重層的な闇の部分が生々しく描かれています。

専門的な遺伝子工学の知識が必要な部分もあり、親しみにくい面もありますが、テーマ性の高さと骨太なストーリー性で、ミステリー好きはもちろん、自己探求的な作品が好きな方にもおすすめできる一冊です。

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