しむかしあるところに、やっぱり死体がありました
青柳碧人氏の「むかしむかしあるところに、やっぱり死体がありました。」は、日本の昔話とミステリーを融合させた独創的な短編集です。昔話の世界観を巧みに活用しながら、複雑なトリックと斬新なアイデアを織り交ぜた本格ミステリーへと昇華させています。
各ストーリーの展開とミステリー要素
竹取探偵物語
昔話:竹取物語
竹取の翁が光る竹から少女(かぐや姫)を発見。かぐや姫と過ごしながら、かぐや姫の力によって裕福になっていく、重直と親友の泰比良。そんなある日、親友の泰比良が密室状態で焼死する事件が発生。自殺か他殺か真相究明とともに、かぐや姫の地上来訪の理由も明らかに。
7回目のおむすびころりん
昔話:おむすびころりん
欲深い惣七が「望みのものが手に入る袋」を求めてネズミの洞窟へ。事件解決を依頼された惣七は、そこで起きた殺人事件の真相をタイムリープを繰り返しながら解明していく。無事、『袋』を手に入れることはできるのか。
わらしべ多重殺人
昔話:わらしべ長者
同一人物が3人に殺されるという奇妙な事件と、わらしべ長者の逸話が交錯。古井戸から発見された遺体の謎。いったいどんな繋がりが・・・?
真相・猿蟹合戦
昔話:猿蟹合戦、かちかち山
猿を成敗するために、カニ、栗、蜂、うす、牛糞が手を組み、猿に復讐する物語。そんな物語には隠された真実が存在していた。ある日、お寺の縁の下に住むタヌキのもとに、猿の栃丸がやってくる。タヌキはウサギに兄を殺された茶太郎、猿は猿蟹合戦で殺された猿の息子の栃丸であった。そして栃丸から猿蟹合戦の真実が明かされる。
猿六とぶんぶく交換犯罪
昔話:かちかち山、ぶんぶく茶釜
「真相・猿蟹合戦」の続編である短編。猿の里で暮らす南天丸がある日、殺される。南天丸の死の真相を解き明かすため、猿の猿六、相棒の綿さんが真実を解き明かす。
※シリーズには探偵という概念が提示されている。
書評
・構成
本作は前作以上にスケールアップしたミステリー要素が特徴です。
多重殺人、密室殺人、交換殺人などの古典的手法に加え、語り手によるミスリード(陳述トリック)、登場人物入れ替わりトリック、タイムリープなど、現代的な仕掛けも盛り込まれています。
これらの要素が複雑に絡み合い、読者を惹きつける一方で、物語全体の難解さも増しています。
登場人物の多さと昔話由来の馴染みのない名前は、読者にとって分かりにくい部分になる可能性があります。
しかし、これらの特徴は同時に、作品に深みと独自性を与えている要因でもあります。
伏線の多用も本作の特徴です。
明白な伏線も多いものの、その回収は丁寧に行われており、読んでいて満足するものとなっています。
・世界観
昔話の世界観を基盤としながら、独自の展開を見せる本作のアプローチは斬新です。
特筆すべきは、「探偵」という概念の導入です。昔話の登場人物が探偵役を務めることで、独特の個性と魅力を放つキャラクターが生まれています。
考察・感想
個人的におすすめの短編は「真相・猿蟹合戦」と「猿六とぶんぶく交換犯罪」です。
物語の主人公は異なりますが、「真相・猿蟹合戦」の後日談の話が「猿六とぶんぶく交換犯罪」となっています。
この2つに張られた伏線、その回収は非常に綺麗なものになっています。
シャーロック・ホームズのオマージュ
「猿六とぶんぶく交換犯罪」には、シャーロック・ホームズシリーズへのオマージュが多く含まれています。
猿六と相棒の綿さんは、ホームズとワトソンに酷似している点がいくつも存在します。
まず注目してほしいのは名前の部分
猿六(さるろく)⇒シャーロック
綿さん(ワタさん)⇒ワトソン
名前のニュアンスが似ています。
その他にもキャラクターの特徴も酷似しています。
猿六は頭脳明晰で煙管をふかし、綿さんは猿医学を修めた物語の語り手です。
シャーロックホームズシリーズでおなじみのホームズとワトソンの特徴は以下の通り
シャーロック・ホームズ:誰もが名を知る名探偵。インバネスコートをまとい、虫眼鏡とパイプを持っている印象が強いと思います。
ジョン・H・ワトソン:軍医を経験後、開業医となっていいます。またホームズシリーズのほとんどの作品は彼が語り手となり、物語を綴ったことにもなっています。
このように共通点が多く存在します。
その他にも、猿六のセリフにはホームズシリーズを彷彿とさせるものがいくつかありました。
ここでは 1つ紹介します。
猿六が推理を披露する場面での言葉です。
「あらゆる可能性を排除していったときに最後に残った説が真相なんだっぺ。たとえそれがどんなに意外でもな」
むかしむかしあるところに、やっぱり死体がありました。
そしてホームズの言葉がこちら
When you have eliminated the impossible,
whatever remains,however improbable,
must be the truth.「すべての不可能を消去して、最後に残ったものが
如何に奇妙なことであっても、それが真実となる」
シャーロック・ホームズシリーズより
このようなオマージュが作中にいくつか存在します。読者にとっては楽しい仕掛けとなっています。
総評
青柳碧人氏の「むかしむかしあるところに、やっぱり死体がありました。」は、昔話とミステリーの融合という斬新なアイデアを、高度なミステリー要素と巧みな伏線操作で具現化した作品です。
複雑な構成と独特の世界観は、読者に新鮮な読書体験を提供します。
一方で、物語の難解さや登場人物の多さは、一部の読者にとっては複雑に感じる部分でもあります。
しかし、これらの要素は本作の魅力の一つともなっています。
ミステリーファンや新しい物語体験を求める読者にとってはおすすめです。
また、「猿六とぶんぶく交換犯罪」に見られるシャーロック・ホームズへのオマージュは、著者の遊び心を感じさせる楽しい仕掛けとなっています。
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